伝える

自分の気持ちや感覚を伝えてもいいんだな、伝えることは大切なんだな、と思えるようになって、人と話す喜びを感じられるようになってきた。

幼い頃から「考えすぎ」「真面目すぎ」「気にしすぎ」と言われることが多く、その度に自分の感覚や気持ちを否定されている気がして、どんどん自分の気持ちを言えなくなった。考えていることも感じていることも山ほどあるけれど、伝えてもきっとまた一蹴されるんだろうな、と思うと、「言わない」を選ぶことが増えた。

感じることは自由なはずなのに、「どう感じなきゃいけないんだろう」「どう感じるのが正しいんだろう」と感じ方の“正解”を探す癖がついた。悲しい。感じ方までコントロールしようとしたら自分がいなくなってしまう。自分を生きている心地を失う。

8年前に人生で初めて心療内科を訪れたとき、「つらい」が「辛い」としてちゃんと伝わることにとても驚いたと同時に救われた。体調を崩してから出会った心身の専門家たちは、深く話を聴いてくれる人が多かった。表面的なごまかしの笑顔ではなく、奥側にある涙を見てくれた。そういう人たちと関わる中で、自分の感覚を否定されない経験、気持ちを丁寧に受け止めてもらう経験を重ねて、どんな感情もあって良いし、感じていいんだな、と思えるようになった。

信頼していても、その時々でコミュニケーションの齟齬は起こるし、毎度自分の気持ちを伝えることは勇気が要る。わたしは、感情が遅延型なので、話していてうっ…と傷つくことがあっても、その場では伝えることができない。帰り道や家に帰ってから、いろんな感情がせり上がってきて、そのことばかりずっと考えている。伝えないほうが楽だし、波風立てずに済むし、言わないでおこうかな…と思うことも多いけど、やっぱりちゃんと自分の気持ちを伝えたい、と思う相手には話せるようになってきた。

最近もそのようなことがあって、勇気を出して自分の気持ちを伝えたら、その方は真摯に耳を傾け、わたしの感覚や思考回路を理解しようと寄り添ってくれた。またその方の伝えたかった意図、その言葉の背景にある想いや意味を伝えてくれて、感じ方の交換このような、とても学びの深い対話の時間になった。

人と話す上で、意図と意味の擦り合わせって本当に大事だよなあ。その擦り合わせには時間もエネルギーも必要だから、それだけの労力をかけても話したいと思える人がいることに心から感謝だし、理解しようと分かろうと心を砕いてくれる姿に、ほんとうにありがとう、と思う。わたしひとりのために、そんなに向き合ってくれるの…、なんでそんな風に言ってくれるの…、と泣きそうになる。

わたしは人に心を開くのに年単位で時間がかかる。自分の気持ちをハードルなく素直に伝えられる人たちは3~6年ほどかけて信頼を築いてきた。ずっと支え続けてきてくれて本当にありがとうだし、こんなに素敵な人たちに出会えたことに感謝の気持ちでいっぱい。人に恵まれているなあ、とつくづく思う。

体調が悪くなって、心が闇に包まれると、感謝する心が消えてしまうけど、この数年間、今支えてくれている人たちに出会えたことだけは、どんな時でも心からしみじみと感謝できた。

その時々の自分の状態によって感じ方も受け取り方も変わって、悩むことも多いけれど、知りたいと、話してくれてうれしい、とそんなふうに受け止めてくれる人々の温もりを信じて、これからも伝えることを諦めないでいたい。