秋のおわりに

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今年の秋は展示の準備で忙しく、紅葉の写真を一枚も撮れていなかった。何かの移動中に車窓から秋を感じる瞬間はたくさんあって、それで十分だなあと思っていた。今年は写真に残せなくてもいいやって。

そんな風に諦めていた頃、友人が真っ赤なもみじの写真をLINEで送ってくれて、「わたしも撮りたいかも」とふと思い、もう散ってしまっているかもしれなあ、それでもいいか~とゆるい気持ちで近所の公園へ散歩に出かけた。

最近、フィルムで撮ることが気持ち的に分からなくなっていて、デジタルカメラにオールドレンズ(フィルムカメラのレンズ)を装着して持って行った。

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夕方の光とオールドレンズだからこそ見られた景色がほんとうにうつくしくて、幻想的で、ずっとこの光景の中を生きていたい、と思った。この光景を見ている間中、目も心も癒され続けていた。夢と現実の狭間のような、この瞬間がこの場所が心から大好きだなあ、私はこの時間に、この景色に救われてきたんだなあ、そんな風にしみじみ感じながら、同じだと分かっていっても、シャッターを切る手が止まらなかった。

うつくしい景色は何度撮っても、何度見ても、飽きることがなく、撮っても撮っても取りこぼしている気がして、十分に見たつもりでも、まだ味わい切れていないような、受け取り切れていないような気がして、その場をなかなか離れられない。

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散りゆくわずかな秋を掬った日。わずかなんて言いながら十二分にうつくしくて、心のあれこれを洗い流し、きれいな感情で満たしてもらったひととき。今年もうつくしくいてくれて、ありがとう。私の心を癒してくれて、ありがとう。